十六回目の誕生日は、私にとって特別なものになるはずだった。

 娘は十六歳を迎えることで、大人への仲間入りを果たす。
 家族から離れ、新たに自分の家庭を築くことを許される。

 春先に行われる豊穣祭では、特別な服を着て、髪には沢山の生花を飾る。
 衣装は自分で縫うことが習わしで、私も一年をかけてようやく完成させた。

 でも、結局、それに袖を通すことはない。
 そんなものよりずっと上等な衣装が届けられたから。

「――見て、姉さん。綺麗でしょう、私」

 可愛らしくスカートを摘まんで振り返り、私は姉へ微笑んで見せた。
 けれど姉の表情は暗く、重い。少なくとも妹の成人を喜んでいるものではなかった。

「こんな素敵なドレス、今まで見たことが無いわ」

 肩から胸元までを覆うレース。ウエストはコルセットで絞り、ドレスの裾が床を波打つ。
 母譲りである自慢の金髪を綺麗に結い上げているため、首から肩のラインがよく映えた。
 そして金色の髪を彩るのは、白銀の台座に数え切れないほどの宝石を散りばめた髪飾り。

 もし自分でこれらを用意するとしたら、一体、何百年くらい働けばいいのだろう。
 この村に住む全員の財産を投げ打ったとしても、髪飾りの宝石一粒すら買えない。

「姉さんたら、妹の晴れ姿を前にして、その顔はなぁに?」

 意識的に明るい声で言ってはみたものの、姉は弱弱しく頭を振るばかりだ。

「えぇ、でも、シルファ。あまりにも早過ぎるのよ。十六歳になったばかりなのに」
「領主様に見初められるなんて光栄なことでしょう。私、これから幸せになるのよ?」

 私がそう言った時、とうとう姉は耐えきれないとばかりに涙を零した。
 言葉の通り、私はこれから領主の元へ嫁ぐ。半年前にそう決められた。
 話を受けるか否かの選択肢はあったものの、それを選ぶ権利などあるはずがない。
 村で暮らす私達は平民であり、この一帯の土地を治める領主は貴族様なのだから。

「シルファ。私のことなんて、放っておいてくれて良かったのに」
「姉さん。お願いだからそんなことを気に病まないでちょうだい」

 両親は私が幼い頃に死んだ。だから私には、両親の記憶は欠片も無い。
 その代わりに、いつでも、どんな時でも、私の傍には姉がいてくれた。
 しかし姉は数年前に身体を患い、今でも普通の人のようには働けない。
 どんなに頑張っても、私の働きだけでは姉の面倒を見てやれなかった。

 高価な薬があれば。優秀な医者がいれば。栄養のある食事があれば。
 ――それらを用意できるだけのお金があれば、と、何度思ったことか。

 だから、嫁入りの際に提示された条件は魅力的だった。

 姉には不自由ない生活を約束すると、領主は約束してくれたのだった。

「私は行くけれど、どうか姉さんはここで幸せになって。体を大切にね」

 痩せてしまった姉の手。私を愛し、慈しみ、育ててくれた優しい手。
 沢山の思い出が頭の中を渦巻いて、心が溺れてしまいそうになった。
 家の外には領主の迎えが待ち構えている。別れの時刻が迫っていた。

 本当は、これは、豊穣祭の時に言うべき言葉だったけれど。

「今までありがとう、姉さん」

 姉は最後まで泣いていた。一瞬たりとも笑ってくれなかった。
 私は一度も泣かなかった。泣いても何も変わらないのだから。