何故ここに、レナードがいるのか。
 説明もされないまま私は領主との対面を果たした。

 領主の名前はロゼフ・アルスター。

「来てくれてありがとう、シルファ。とても嬉しいよ」

 冴えない男――それが、領主へ抱いた第一印象だった。
 栗色の髪と瞳。背は私に比べれば高いが、彼より低い。
 人の良さそうな笑みは、逆に言えばどこか頼りなさげ。
 服は上等だけれど、着こなしているとは言い難かった。

「シルファ・ロランスでございます。領主様」

 スカートを摘み、片足を引き、腰を折って頭を下げる。
 幸いにも貴婦人のマナーは、姉から叩き込まれてある。
 それがこんな時に役立つとは、なんて酷い皮肉だろう。

 一通りの挨拶を述べて、顔を上げた。
 領主の隣でレナードが微笑んでいる。

「ああ、あなたにも紹介しなければならないな」

 にこにこと、領主はレナードを手で指示した。

「最も、あなたとは知り合いだと聞いているが」

 レナードは今、この城に住んで領主の傍仕えをしていた。
 真面目で優秀な彼を、領主は心から信頼しているという。
 どういった経緯で彼がその職に就いたかは、わからない。

 けれど、あんまりだと思った。

 私は愛してもいない男の妻にならなければならないのに。
 何故、その隣にいるのが、よりによって彼なのだろうか。
 淡い初恋は、思い出として昇華されたはずだったのに。

 混乱している自分に、落ち着け、と繰り返し言い聞かせる。

「食事にしようか。レナード、支度はもうできているね?」
「はい、整っております。ではシルファ様、参りましょう」

 向けられる笑顔も声も、なにもかもが白々しかった。
 さっきは私のことを、昔のように呼び捨てたくせに。

 食事、と言われても、食欲など無かった。
 けれど、誘いを拒むこともできない。

「さぁ、行こうか」

 領主は私のすぐ隣を歩いたが、触れてくることはなかった。

 花弁のように薄い布を何重にも重ねた可愛らしいドレス。
 それなのに、床を撫ぜるドレスの裾はこんなにも重くて。

「料理が、あなたの口に合えばいいのだが」

 領主の言葉に、私はにっこりと微笑んで応える。
 きっと料理の味などわからないだろうと私は思った。

 食事の席では、領主ではなく、彼ばかり喋っていた。
 この城のこと。統治している土地のこと。日々のこと。
 傍から見ると、まるで彼が領主であるかのようだった。

 テーブルの上には豪華な料理がずらりと並べられている。
 半年ほど前の私であれば、感動していたに違いなかった。

 まず姉のことを思った。もう泣き止んでくれただろうか。
 そして自分のことを考えた。これからどうなるのだろう。
 せめて、夜がこなければいいと、それだけを祈った。