噛み合ってしまった歯車
僕と彼女の出会いは、7年ほど前になる。
場所は、あの人の職場。
僕は小学生、彼女も小学生。
彼女は酷い扱いを受けていた。
僕はそれを見ていられなかった。
けれど小学生の僕に、彼女を助ける術も無く。
ただなんとなく隣に座り、彼女を慰めてやった。
彼女も彼女で、最初は、まるで警戒心の塊のようで。
誰かが近付けば怯え、手を振り上げれば泣き出した。
薄暗い部屋の、小さなベッドに、いつも彼女はいた。
彼女はウサギのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめている。
僕はゆっくりそこへ近付き、床に座り、そっと話しかける。
「名前は?」
「さよ」
「漢字は?」
「ちいさいよる」
小柄で、綺麗な長い黒髪をした彼女。
その名前はとてもよく似合っていた。
「食べ物は何が好き?」
「甘いもの。……おかし」
「じゃあ今度、持ってきてあげる」
きっと僕は、彼女に笑ってほしかったのだと思う。
でも彼女は、抱いたウサギに顔を埋めるだけだった。
「また来るね」
僕には家族らしい家族はいなかったものの、帰る家はある。
夜になると、僕はほとんど強制的に彼女から引き離された。
彼女は、あの人の職場の一室を与えられ、そこで生活した。
僕は初会話の翌日から、毎日のように彼女の元へ通った。
彼女がいなければ、あんなところ、行きたくもない。
彼女がいたから、僕は毎日のように通っていたのだ。
年齢が近い所為もあるのか、彼女は僕に対しては普通だった。
職場の大人達を前にすると、可哀想なくらいに怯えるけれど。
その頃の僕達の間にはまだ会話と云う物は少なくて。
僕は彼女の傍に座り、お互い無言のまま時間だけ過ぎていく。
息苦しさの無い、心地の良い沈黙。僕はその空気も好きだった。
彼女に会う時は必ずコンビニに寄って、お菓子を買う。
チョコレートやキャラメルやキャンディー、ラムネ。
それらを服に忍ばせ、こっそり彼女に食べさせた。
けれど僕の行為は、すぐあの人にばれてしまった。
僕はあの人に呼び出された。
殴られるのは覚悟の上だった。
しかし、あの人は、特に怒り狂うこともなく。
無駄に菓子を与えるのは止めろとだけ言った。
彼女の栄養管理はちゃんとやっている、と言うが。
彼女の小枝のような手足を見る限り、それは嘘だ。
僕は、素直にハイと返事をして、家に帰った。
けれど僕は彼女に食べさせることを止めなかった。
これくらい良いはずだと、軽く考えていたのだろう。
あくる日、彼女に会いに行った僕は、自分の行いを悔むことになる。