呪いの言葉を贈ろう
小さなベッドの上で、彼女は、ぐったりと横たわっていた。
いつも抱いているウサギさえ無造作に床に転がったままで。
剥き出しの腕や足には、痛々しい痣がいくつもできていた。
驚いた僕が、何かあったのかと尋ねても、首を横に振る。
いつものように僕がお菓子を差し出すと、彼女は拒んだ。
ああ、何かおかしいと思って、僕は彼女を問い詰める。
彼女は泣きそうな顔をして、ぼそぼそと教えてくれた。
痣の原因は、やはり僕だった。
「いけないものを食べたから、その罰だって」
全身の血が沸騰するような、と云うか。
全身の血が凍り付いたような、と云うのか。
最初からこのつもりだったのだ。
僕を殴るより、こうしたほうが効果があると。
あの人は、最初から分かっていたのだ。
僕は愚かな僕を呪って、それからあの人を呪った。
「もう痛くないよ」
泣き出しそうな僕に、彼女は優しかった。
でも、もう痛くない、と言うのは。
痛かった時もある、ということで。
やはり僕は二人へ呪いの言葉を吐いた。
「怖い顔しないで」
一枚きりの薄い毛布を体に巻き付けて。
彼女は小さな声で、ぽそぽそと呟いた。
「さよが、悪かったんだよ」
まるで僕を庇おうとでもするように。
彼女は小さな手を僕の方へ伸ばしてくる。
「ね、これからも来てくれる?」
大きな瞳が乞うように僕を見た。
その目元が赤いことに僕は気付く。
小さな彼女が、更に小さく見える。
初対面の時も、彼女の体には沢山の痣があった。
乱暴な扱いをされていることは僕の目にも明らかで。
でも最近はその様子もなかったから、僕は忘れていた。
これは一つ目の警告だ。
従わなければもっと酷いことをすると。
その時は僕ではなく彼女が傷付くのだという、無言の脅迫。
あの人は、あの人達は、拳を振り上げることを躊躇わない。
非力な人間を支配するにはそれが一番だと信じて疑わない。
非力な子供の僕達はその支配から脱する術を持っていない。
だから僕達は支配のなかで息を殺して生きていくしかない。
彼女を守ってあげたい。
二度とこんなことがないように。
幼い僕は幼いながらに決意を固めたのだ。
「明日も来るよ。明後日も、明々後日も。会いに来るから」
だから、もう泣かないで。
――なんて、そんな言葉を口にする権利が、僕にあるのか。
――彼女に酷いことをするあの人は、僕の、****だというのに。
「ありがとう」
体を横たえたまま、にっこり笑う彼女がとても痛々しくて。
返す言葉を失った僕は、床のウサギを無言で彼女に手渡した。